黒潮台案件1

ヤシオオオサゾウムシ
Rhynchophorus ferrugineus
(リンコーフォールス・フェルジニウス)
椰子大長象虫 / 紅棕櫚象甲 / Red palm weevil / Asian palm weevil / Sago palm weevil

成虫の体長は2〜4センチメートル 赤褐色(橙色)に黒い斑点模様 裏側はツヤあり黒 動きは活発
ヤシオオオサゾウムシはココヤシ、ナツメヤシ、アブラヤシなどのヤシ農園における主要な害虫とされています。
幼虫は幹に最大1メートルの穴を掘り、宿主植物を弱らせ、最終的には枯死させます。

この種は19種以上のヤシを襲うと報告されており、世界最悪の害虫といわれます。


CIBC(国際農業バイオサイエンスセンター)がまとめた宿主となるヤシ

学名 一般名 主な用途
Areca catechu 檳榔樹(ビンロウジュ) 嗜好品・酒(種子)
Arenga pinnata サトウヤシ 砂糖・酒(樹液)/食品(芽 種子)
Borassus flabellifer パルミラヤシ 砂糖・酒(樹液)/食品(種子)/工芸品(葉)/木材(幹)
Brahea armata ブラヘア アルマータ 観賞用
Brahea edulis グアダルーペパーム 観賞用 /食品(種子)
Butia capitata(odorata) ココスヤシ(ブラジルヤシ) 鑑賞用 /食品(果実)
Calamus merrillii ラタン 家具・ロープ(茎)
Caryota cumingii カリオタ クミンギ 食品(幹 芽)/砂糖・酒(樹液)
Caryota maxima ヒマラヤクジャクヤシ 観賞用
Caryota urens クジャクヤシ 食品(幹 芽)/砂糖・酒(樹液)
Chamaerops humilis チャボトウジュロ 観賞用
Cocos nucifera ココヤシ 食品(果肉 オイル)/飲料(胚乳液)/土壌改良(殻)
ロープ・マット(繊維)/化粧品・洗剤(オイル)/木材(幹)
Corypha umbraculifera タリポットヤシ 木材(幹)/工芸品(葉)/筆記媒体(葉)
Corypha utan コリファ ウタン 木材(幹)/工芸品(葉)/筆記媒体(葉)
Elaeis guineensis アブラヤシ 食品・油脂・医療品・化粧品・洗剤・燃料・製紙(果肉・種子)
Howea forsteriana ケンチャヤシ 観賞用
Jubaea chilensis チリサケヤシ シロップ・酒(樹液)/食品(種子)/観賞用
Livistona chinensis ビロウ 観賞用/工芸品(葉)
Livistona decora ビロウモドキ 観賞用
Metroxylon sagu サゴヤシ 食品(幹)/製紙(幹)/アルコール燃料(幹)
Phoenix canariensis カナリーヤシ(フェニックス) 観賞用
Phoenix dactylifera ナツメヤシ 食品・シロップ・酒・薬用(果実)
Phoenix sylvestris シルバーデーツパーム 観賞用/食品(果実)/シロップ(樹液)
Roystonea regia ダイオウヤシ 観賞用
Sabal palmetto サバルヤシ 工芸品(葉)/薬用(果実)/観賞用
Trachycarpus Fortunei 棕櫚(シュロ) 工芸品・ロープ・マット(繊維)/木材(幹)
Washingtonia filifera ワシントンヤシ 観賞用
Washingtonia robusta ワシントンヤシモドキ 観賞用

報告されている宿主は主に産業植物ですが、特定の属に限らず中型〜大型のヤシ科全種が該当するといっていいでしょう
最初東南アジアのココヤシで報告され、過去20年の間に中東のいくつかの国でナツメヤシに定着しアフリカやヨーロッパまで範囲を拡大しました

※一般名と用途はわかりやすくするために加筆しています

赤背景は黒潮台で植えられているヤシです(イラストはGeminiによる生成)


日本の本州では一般にフェニックスと呼ばれるカナリーヤシ(Phoenix canariensis)に深刻な被害を与えています

ヤシオオオサゾウムシがカナリーヤシを主に狙うのはナツメヤシと同じフェニックス属で近縁種という理由かもしれません
ナツメヤシの品種のなかでもロイヤルデーツと呼ばれるスッカリ―(Sukkari)を特に好むというデータがあるそうです

小型のフェニックス・ロベレニーも同じ属ですがここの地元では食害による立ち枯れを見たことがありません



症状

まず樹冠頂点の新芽が萎凋、続いて維管束組織の損傷により下部の葉も萎凋する
高密度の寄生ではヤシの幹に耳を当てると幼虫が穴を掘ったり咀嚼したりする音が聞こえる
損傷した組織内で日和見細菌や真菌による二次感染が発生し、衰退を加速させる可能性がある

これらの外部症状が観察される頃には被害は樹木を枯死させるのに十分なレベルに達しており
寄生は6ヶ月以上続いている可能性があります。


ヤシは「パームハート」と呼ばれる唯一の生長点が侵されると枯死し二度と芽が出ることはありません。


幼虫による食痕

とても頑丈な葉柄ですが指がすっぽり入る大きさに穴が抜かれています


沖縄で最初に発見されたのは1975年、本土では宮崎県で1998年に、2003年以降西日本各地に
和歌山では2009年秋以降、田辺市街地やみなべ町、白浜町、すさみ町、串本町でも被害木が多く見られるようになった。

葉が無くなり幹だけになったカナリーヤシ

成虫に機械を繋いで飛行距離を測定する試験では1度の飛行で900mもの距離を移動できたそうです。
成熟したヤシの木が立ち並ぶ地域であれば、容易に隣接する木々へと移動できる距離を示しています。
24時間の平均飛行距離は雄で41km、雌で53kmに達したという
これほど長距離飛行できるという事実は風に乗って移動するだけでなく、自力で広範囲に分散する能力を持ち、
拡散速度が非常に速いことを意味します。


幹だけになったヤシはやがてカブトムシの幼虫などが幹の内側を食べ、繊維が分解されて倒木します
残った幹を切断するとその断面や、崩れた幹の下にカブトムシの幼虫が見つかるそうです。

カブトムシは死んだ幹の組織しか食べないので直接的な害はありません


雨水が溜まらず乾燥した状態の幹はいつまでも残るようです



黒潮椰子園の土地にも倒れたヤシがありました。株元の形状をみるとカナリーヤシで間違いありません。

倒れた幹の周辺は草で覆われ植物が根をおろしていたため原型を留めていました

チェーンソーで切断してみるとふかふかで、着生した根を骨格に腐葉土の丘を作っている感じでした

土の上に倒れた幹はやがて分解されて良質な腐葉土になるのでしょう

立ち枯れしたココスヤシ(ブラジルヤシ)

次回食痕があるのか調べてみます


調査したカナリーヤシ

2週間前はまだ青さが残っていましたが、、


新芽が萎凋している



ヤシオオオサゾウムシと思われる死骸を発見



葉軸のポケットになっている部分に手を突っ込んで繭を探した

葉柄は鋭い棘だらけで軍手してても貫通します それなりの手袋が必要

ゴロゴロと硬い感触の繭が10個ほど見つかりました。幼虫は穴が開いている葉柄に居ないっぽいし木を解体しなければ捕獲は難しそう。

ベトナムではサゴヤシの幹内で開花直前に蓄えられる澱粉を収穫するために切り倒し副産物として幼虫を得ることができる。
それは地元の人たちにとって貴重なたんぱく源になります。
サゴヤシは特異な生態なので、それ以外のヤシの澱粉質といえば小さなパームハート(ヤシの生長点)だけなのでは…
1回の産卵で産まれる200〜300の卵から孵化した幼虫がごく僅かな部位を取り合って成長するのだろうか、
宿主を私たちに置き換えると肌の中に卵を埋め込まれ脳を食べるために体内を移動する小さな虫、如何に恐ろしい生態か想像できます。


取り出した繭10個のうち、重さがあって生きていると思われる繭は3個

ヤシオオオサゾウムシが羽化するには栄養が足りないのか環境が合っていないのか、それとも天敵がいるのか


一つの繭をカットして蛹を取り出してみました。


ダニが付いていたので水道水で洗い流した


自宅でヤシを越冬させているグロウボックスでタッパーに入れ25℃で管理、約3週間後、

体液の滲みと独特な臭いがあったので、死んでしまったかと思ったらどうやら蛹の殻を破った様子



更に数日経過すると殻が取れて歩き出した


ゾウムシにしては活発に動き回ります


こうして見ると裏面以外にもツヤがあるし明るい橙色の派手な色彩をしている


羽化不全で翅が変形しているので飛ぶことはできない


ゾウムシの仲間は口吻(こうふん)という特徴的な口器で植物の組織内部を摂食します。
口吻の先端は噛むための顎が付いており、それは胸部の筋肉から伸びた健によってマジックハンドのように動かされるという

てこの原理を利用したボルトクリッパーのように、鋭い刃先が一点に集中して硬い繊維を破断しながら食い込んでいくのが想像できます。
吻の先に毛が生えているのはオスの特徴で、メスには生えないそう。そうするとこの子はちょび髭のおじさんに見えてくる。

赤みの強い色彩や大きさは第一印象デーツに似ていると思いました。カナリーヤシの幹の色にも近い。
最初に発見されたというココヤシは薄茶色、ビンロウジュなどクラウンシャフトタイプは緑が多いのでカムフラージュ効果はなさそう


背側

前胸背板がとても大きい ここに顎の筋肉が詰まっているのでしょう。

同じ場所で見つかった死骸と比較してみると、斑点模様は違ったパターン

翅の形がよくわかります。深い溝と黒いアウトライン


腹側

後胸部が膨らんでいるのは羽化不全による変形かもしれません。
ヤシオオオサゾウムシの標本を注文したので到着したら比較してみましょう


温度が低い中ケースから出して疲れさせてしまった

餌はイモとかニンジンとか、サゴヤシと同じでんぷん質を食べるそうで、虫ゼリーも食べるということで与えてみます。


残る繭2つのうち1つは死んでいました。

もう1つはタッパーに入れて羽化を待っています。





カナリア諸島:世界が注目する「根絶」の成功


通常、一度定着すると根絶はほぼ不可能とされるヤシオオオサゾウムシですが、
カナリーヤシの原生地 カナリア諸島は約10年にわたる徹底的な対策により、2016年に正式な根絶宣言を出しました。


根絶までのプロセス
2005年
象徴的な樹木である「カナリーヤシ」の原産地にて初めて発生を確認。
対策期間
州政府が即座にプログラムを策定し、広域的な防除を継続。
2016年
一定期間の生存個体未確認を経て、正式に根絶を宣言。


なぜ根絶できたのか
迅速な公的介入
発生直後から政府が強力な政治的・資金的バックアップを実施。
徹底した統合的防除 (IPM)

フェロモントラップによる監視、被害木の即時伐採・処分、健全な木への薬剤注入などを組み合わせた。
移動の厳格な制限
島間や島外からのヤシの苗木の移動を厳しく制限し、再侵入ルートを遮断。
野生群落の保護

害虫が都市部にいる間に封じ込め、野生の森林への拡大を阻止できたことが決定打となった。


2025年現在の状況
現在も厳格な検疫体制により、ヤシオオオサゾウムシの根絶状態を維持。
現在は別の害虫(ホソヤシオサゾウムシ)の根絶に向け、2026年までの解決を目指して多額の予算が投入されている。




伐採・処分の基準

カナリア諸島の戦略において重要だったのは、「すべてを切るのではなく、救える木は救う」という判断基準です。
被害が発見された際、すぐに伐採するのではなく、まず内部の状態を確認します。
 
継続(手術) ヤシの成長点「パームハート」が生きていれば、被害を受けた組織だけをチェンソー等で削り取り、薬剤で保護します。これにより、ヤシは再び芽吹いて再生できます。
 
伐採(除去) 成長点が完全に食害され、再生不能(枯死)と判断された場合にのみ、伐採が選択されます。
伐採時の厳格なプロトコル伐採が決まった木は、新たな感染源にならないよう以下の手順で徹底的に処分されました。

飛散防止: 伐採前に成虫が逃げ出さないよう薬剤を散布。

細断と封じ込め: 幹を細かく粉砕(チッピング)し、物理的に幼虫や蛹を破壊。

深い埋却または焼却: 粉砕した残渣は、1〜2メートル以上の深さに埋めるか、指定施設で焼却処分されました。



 
使用された薬剤の種類と方法
 
カナリア諸島では、「統合的病害虫管理(IPM)」に基づき、化学農薬と生物農薬が戦略的に使い分けられました。
化学的防除(殺虫剤)主に浸透移行性(植物の内部に薬液が広がる性質)を持つ薬剤が選ばれました。
 
イミダクロプリド(Imidacloprid) 最も広く使用された薬剤の一つです。
「樹幹注入」により、幹の内部に潜む幼虫に直接作用させます。
 
チアメトキサム / ジノテフラン れらも樹幹注入や、成長点付近への「樹冠散布」に使用されました。
 
ホスメット / ビフェントリン 成虫の侵入を防ぐため、剪定後の切り口や幹の表面に散布される防護的な役割で使われました。
 
 
生物標的防除(生物農薬)
 
環境負荷を減らすため、以下の生物剤も活用されました。
 
昆虫病原性線虫(Steinernema carpocapsae) ヤシの頂部(クラウン)に散布され、湿った環境で幼虫に寄生して殺します。
 
昆虫病原糸状菌(Beauveria bassiana) 自然界に存在するカビの一種で、成虫や幼虫を病気にさせて駆除します。
 






日本における防除薬剤(参考)

散布・注入方法 主な薬剤名(成分) 特徴
樹幹注入 アトラック液剤(イミダクロプリド) 幹に穴を開けて注入し、長期間効果を維持。
樹冠散布 スミパインMC(フェニトロチオン) 頂部に散布し、成虫の侵入や産卵を防ぐ。
生物農薬 バイオセーフ(線虫) 線虫が幼虫を攻撃する。環境への影響が少ない。



被害の見分け方

正常な状態 被害の状態
葉が青々と茂り、上向きに力強く広がっています。 幼虫が成長点(パームハート)を食べてしまうため、
中央の葉が茶色く枯れ、重力に負けて垂れ下がります。
この傘が垂れたような姿になったら
内部で食害が進んでいる末期的なサインです。



対策カレンダー




活動ピーク(4月〜11月)成虫も幼虫もこの時期に最も活発になります。
特に7月〜8月と10月は被害が急増する危険な時期です。

冬の間(12月〜3月)も虫は生存していますが、活動は鈍くなります。

防除時期(4月〜11月)

図のオレンジ色の矢印が示す通り、春から秋にかけて継続的な対策(薬剤散布や注入)を行うことが、ヤシを守る唯一の手段です。















編集中
随時更新します



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